書評 人間とは何か マーク・トウェイン著
人間とは何か(マーク・トウェイン著)を読みました。
私は、なんか知らんけど「生きている意味がわからない」と日常的に感じるタイプの人間なので、本書のペシミズムな考えは割とすんなり入ってきました。
では適当に感想文を書いていきます。
最初に出てくるのが
「人間は、自分の精神的安定を第一に考えて行動する。第一に自分のために動き、第二に他者のために動く」
「人間は外部からの影響を受けて動く」
「人間は機械である」
という主張です。
例えば、国のために出兵した臆病な男。
戦場へ行く恐怖と、出兵しないことによる周りからの評判を天平にかけた時、後者の方が自分にとって苦痛だから出兵します。
臆病な男が国のために勇気を出して出兵した、という風に見えますが、実は「周りから白い目で見られるのが嫌だから」という自分の都合で出兵しているのです。
一見利他的な行動でさえも、自分の精神的安定を第一に考えて人間は行動するというわけです。
他にもいうと、おばあちゃんを助ける、なけなしの金をホームレスにやるみたいな利他的な行動も、自分がそうせずにはいられない何かがあり、人を助けるよりもそれを満たすことが第一になっています。
自分がそうせずにはいられない何かというのは、幼い頃受けた教育や家庭環境によって形成された思想といったものです。
困っている人を見たら助けなさい、と親から言われていれば、そうせずにはいられない自分が出来上がります。
そして、次の主張に「人間は外部からの影響を受けて動く」というのがありますが、
上記の出兵の話で例えると臆病に育てば、兵士になることに臆病になるし、たくましく育てば、兵士になることになんら疑問を持ったりはしません。
決断というのは、自分で考え出したもののように思えるが、結局は外部から受けた影響の結果であり、自分で考えたものではないのです。
困った人を助けるというのは、困っているから助けるのではなく、「困っている人がいたら助けなさい」という教育を受けてきたから助けているのです。
これらをみると、人間は外部から受けた影響で機械的に動いていることになります。
私は普段どんなことを考えているのか振り返ってみたました。
勉強をすれば高度が仕事ができるようになり年収が増える、といったことをよく考えています。
確かにこれがいつ身についたのかと考えると、本に書いてあったことであったり、人から唆されたりした結果です。
自分がある日突然、思いついたものではありませんでした。
確かに外部からの影響で動いているなと思います。
外部からの影響で動いているからなんだって言う話になるんですが、
自分の考えていることは、自分が考え出したものではないということです。
つまり、考えていることは本当の自分が言っていることではなく、今まで周りから受けた影響の産物で、そんなものをいちいち間に受けなくてもいいのかもしれません。
勉強をしていればより高度な仕事ができるようになり年収が増えるだろう、と考えて勉強をしています。
それが楽しいのかというとそうではなく、異様な焦燥感を感じる時があります。
これはなぜかというと、本書でいう外部から影響を受けた結果の行動だからです。
自分の潜在意識は、「そんなことやらなくても良くね?」と思っているかもしれません。その上から「いや勉強しなければならない」といった「外部から受けら影響の産物」をぐちゃぐちゃに塗ったくっているため異様に疲れることがあるのかもしれません。
では、真の自分の考えというのはどうやってわかるのか。それは残念ながら本書には書いてありません。
「自分の考えなんてものはない、この人間社会事態が全て虚空のもの」と書いてあるような印象です。
まぁなので、自分が何をすべきか、自分は何がしたいのか、といったことは、いったん周りのいうこと(親、友人、家族、インフルエンサー、本に書いてることなど)全部抜きにして、自分で考えてみた方がいいみたいです。
そしてその考えはどこからきたのかをしっかり辿ったほうがいいですね。親が言っていたからとか、この人が言っているからとかそういうのが動機になっていたりしますので。
長くなりましたが、自分で考えていることは実は外部から受けた影響の産物であること、人間は自分の精神的安定を第一に行動すること、などといった考えは今後の人生において、何か決断をするときなど、「まてよ」と一つ下がって自分を客観的に見るきっかけになるなと本書を読んで思いました。